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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)674号 判決

控訴人(原告) 伊藤鞠子 外三名

被控訴人(被告) 宮城県知事 外二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人宮城県知事が原判決別紙第一、二目録記載の農地につき昭和二三年一二月二日付買収令書の交付をもつてした旧自作農創設特別措置法による買収処分及び右第一目録記載の農地につき被控訴人佐藤三五郎に対し、右第二目録記載の農地につき被控訴人西胞右衛門に対しそれぞれ昭和二三年一〇月二日付売渡通知書の交付をもつてした同法による各売渡処分がいずれも無効であることを確認する。被控訴人佐藤三五郎は、控訴人らに対し、右第一目録記載の農地につき所有権移転登記手続をし、かつ、同農地を引き渡せ。被控訴人西胞右衛門は、控訴人らに対し、右第二目録記載の農地につき所有権移転登記手続をし、かつ、同農地を引き渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら各代理人は、いずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、

控訴人ら代理人が、

一、(一) 原判決三枚目裏一〇行目から同一四行目にかけて「右地区農地委員会において、昭和二三年九月一六日頃、右計画のうち買収及び売渡の時期を同年一〇月二日と変更し、買収計画については、更に同年一一月二〇日頃、買収の時期を同年一二月二日と変更したうえで、それぞれ公告、縦覧に供した」とあるが、控訴人らは、原審においては、終始右の公告、縦覧がなされなかつたことを主張したのであるから、そのように訂正する。

(二) 控訴人(原告)ら代理人は、昭和三二年一二月一三日の原審準備手続期日において、(イ)「本件買収売渡手続関係の事務的主張は争わない。」と述べ、(ロ)同日付準備書面第五項をそのうち「右買収売渡に関する公告等何等措置してないのである。」とある部分を除いて陳述したが、右(イ)は、売渡の時期を昭和二三年一〇月二日、買収の時期を同年一二月二日に変更した本件農地買収並びに売渡計画についての公告、縦覧がなされたことを含む趣旨ではないし、(ロ)によつては、被控訴人宮城県知事主張の買収、売渡計画について公告、縦覧がなされたことを認めたことにはならない。

(三) 仮りに、控訴人らが被控訴人宮城県知事主張の右公告、縦覧の事実を自白したとしても、これは真実に反し、かつ、錯誤によるものであるから、取り消す。

二、本件買収並びに売渡処分の無効事由はつぎのとおりである。これ以外の無効理由の主張を撤回する。

(一)  本件買収並びに売渡計画は、昭和二三年一月二〇日、仙台市原町南地区農地委員会がはじめ買収および売渡の時期をいずれも同年二月二日と定めて同時に樹立し、公告、縦覧に供した後、同年八月三一日宮城県農地委員会の承認を求めたものであるが、その承認を得られなかつたので、右地区農地委員会において昭和二三年九月一六日頃右各計画のうち買収および売渡の時期を同年一〇月二日と変更し、買収計画については、さらに同年一一月二〇日頃買収の時期を同年一二月二日と変更し、右買収計画については同日、同売渡計画については同年一〇月二日宮城県農地委員会の承認を受けたが、右の承認は、買収、売渡のそれぞれの処分前になされなければならないものであるにもかかわらず、それらの処分前になされなかつたから、本件農地買収並びに売渡処分は無効である。

(二)  本件農地の買収処分がなされた昭和二三年一二月二日当時、仙台市東九番丁五九番の一の農地は、わずか畑二反一畝一四歩であるにもかかわらず、当該地番の農地は畑三町四反九畝二八歩あるものとして、そのうちの六反歩を買収の対象としているが、かような買収は事実上の不能を内容とするものであるから、当然無効であり、かかる買収処分を前提とした本件売渡処分もまた無効である。

(三)  被控訴人西胞右衛門、同佐藤三五郎は、いずれも旧農地調整法所定の農地買受けの資格を有する者ではないから、本件農地売渡の相手方となり得ないものである。したがつて、同被控訴人らを相手方としてなされた本件各農地売渡処分は当然無効である。もつとも、本件各農地が小作地であることは争わない。

(四)  本件においては、農地買収処分のなされたことを前提としてなされるべきはずの売渡処分が買収処分よりも先になされているが、かかる売渡処分は法律上の不能を内容とするものであるから、もとより無効である。

(五)  被控訴人宮城県知事は、旧自作農創設特別措置法第五条第四号の規定にもとづき、昭和二三年八月五日付をもつて本件農地を売渡保留地域に指定したにもかかわらず、そのまま本件各農地売渡処分をなしたものであるから、右処分は当然無効である。

(六)  本件農地買収並びに売渡の各時期は、当初、いずれも昭和二三年二月二日と定められていたが、その後、右売渡の時期は同年一〇月二日、同買収の時期は同年一二月二日とそれぞれ変更された。かくの如く買収、売渡の時期が変更された場合には、変更された買収並びに売渡の時期についての公告、縦覧がなされなければならないにもかかわらず、本件の場合これらの手続が行われていないから、本件買収並びに売渡処分は当然無効である。

(七)  仙台市原町南農業委員会は、昭和二七年三月一七日、本件農地買収並びに売渡計画を取り消したから、右買収並びに売渡計画はその効力を失い、本件買収並びに売渡処分もまた当然失効した。と述べ、

被控訴人宮城県知事代理人が、

一、(一) 控訴人らの前記一の(一)の主張事実を否認する。

(二) 控訴人らは、昭和三二年一二月一三日の原審準備手続期日において、被控訴人宮城県知事の本件買収、売渡手続関係の事実的主張は争わない旨陳述し、かつ、控訴人らの同日付準備書面第五項の「右買収、売渡に関する公告等何等措置してないのである。」とある部分を除き同書面にもとづいて陳述することによつて、右の公告、縦覧等の手続が適法になされたことを認めたのであるから、控訴人らの前記一の(一)の主張は自白の取消にあたるものであつて、かかる自白の取消には異議がある。右の公告、縦覧手続が履践されたことについての原審における控訴人らの右自白を援用する。

二、本件は、原審において準備手続を経た事件であつて、控訴人らは、昭和三一年九月一〇日の原審準備手続期日において、本件行政処分の無効原因としては結論的には訴状記載の請求原因第三項の(4)の事由(控訴人ら主張の前記二の(七)の事由)を主張するものであり、同項の(1)ないし(3)及び第四項はその理由として述べるものである旨陳述したのであるから、その後の口頭弁論において右以外の事由を無効原因として主張することは許されない。と述べ、

被控訴人ら各代理人が、

一、控訴人らの前記二の(三)の主張事実を否認する。

二、同二の(六)の主張事実のうち、本件買収並びに売渡の時期がその主張のように変更されたことは認めるが、その余は否認する。右買収並びに売渡の時期変更についての公告、縦覧手続は現実に履践された。のみならず、右の如く買収並びに売渡の時期のみを変更した場合には、これについての公告、縦覧手続をなさなくても法律上適法なのであるから、控訴人らの右主張は理由がない。と述べ、(証拠省略)……たほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

成立に争いのない甲第九号証、同第一二号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すると、仙台市東九番丁五九番の一畑一町七畝八歩は、もと伊達興宗の所有であつたが、昭和二二年七月二日、同人の死亡により控訴人らが、その主張の如く相続し、その所有権を取得したことを認めることができ、昭和二三年三月二日、控訴人らが、その主張の如く、右五九番の一畑を同番の一、一〇、一一、一三、一四ないし一六に、同五九番の一〇畑をさらに同番の一八ないし二一にそれぞれ分筆したこと、被控訴人宮城県知事が、控訴人ら主張の如く、右五九番の一一、一三(原判決別紙第一目録記載)、同番の一八、二〇(原判決別紙第二目録記載)及び同番の一九、二一の各畑につき旧自作農創設特別措置法第三条、第九条にもとづいて昭和二三年一二月二日付買収令書の交付をもつて買収処分をなし、右第一目録記載の各畑についてはこれを被控訴人佐藤三五郎に対し、右第二目録記載及び五九番の一九、二一の各畑についてはこれを被控訴人西胞右エ門に対しいずれも同法第一六条、第二〇条にもとづいて同年一〇月二日付売渡通知書の交付をもつてそれぞれ売渡処分をなした(たゞし、右五九番の一九、二一の各畑についての売渡処分は、昭和二五年五月一一日に取り消された。)こと、右第一、第二目録記載の各畑につき控訴人ら主張の所有権移転登記が経由されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、控訴人らは、本件農地買収並びに売渡処分はいずれも無効であると主張する。

控訴人ら主張の無効事由(七)について。

成立に争いのない甲第一、四、五、一〇、一一号証に原審証人菊地定吉、佐藤国雄の各証言を総合すると、仙台市原町南農業委員会は、昭和二七年三月一七日、その第一一回定例委員会議において、控訴人伊達鞠子の代理人佐藤国雄の申請にもとづき本件農地買収並びに売渡計画を取り消す旨の議決をなしたことを認めることができ、これを覆えすべき証拠はない。ところで、当時施行の農業委員会法第四九条(現農業委員会等に関する法律第三三条)は、農業委員会が農地買収並びに売渡計画の取消をしようとするときは、当該処分が取り消すべき処分であることについてあらかじめ都道府県知事の確認を得なければならないと規定していた。本件において、前記甲第一、四号証、成立に争いのない同第二、三号証に前記証人菊地定吉、原審証人佐藤宏順の各証言を総合すると、前記原町南農業委員会は、右の取消申請により、昭和二七年三月一〇日、本件農地買収並びに売渡計画を取り消すべきものか否かについて宮城県農地部長の意見を求めたところ、翌一一日、右農地部長名義の「速かに貴委員会において審議の結果買収計画にその全部が無効原因に帰属するか部分的にも重大な瑕疵が存すると認定されるときは、その買収計画は取消されるべきものと思料」する旨記載された文書による回答に接したので、前記の如く本件農地買収並びに売渡計画取消の議決をなしたものであることを認めることができる。しかし、右の事実に甲第二二号証の二、三、同第二三号証の一ないし九を総合しても、宮城県農地部長の前記回答をもつて前記法条に定められた被控訴人宮城県知事の本件農地買収並びに売渡計画取消の確認があつたとみることはできないし、右回答の内容自体も前認定の如く一般的、抽象的に当然の事理を説示したにすぎないものであつて、本件農地買収並びに売渡計画が取り消さるべきものであることを確認したものでないことは明らかである。そして、他に右確認のあつたことを認めしめるべき証拠はない。かえつて、前記甲第五、一〇号証、成立に争いのない同第一九ないし二一、三〇号証、乙第一号証の一、二、原審証人紺野良平、当審証人柴森英行の各証言によつてその成立を認め得る同第三号証に右各証人の証言を総合すると、宮城県知事のなすべき右の確認行為は、同県農地部長のいわゆる代決し得べき事項には属しないこと、前記原町南農業委員会による本件農地買収並びに売渡計画取消の議決に際しては、あらかじめ前記法条に定められた宮城県知事の右計画を取り消すべきことの確認を得ていなかつたことを認めることができるばかりでなく、宮城県農業委員会は、昭和二七年九月二五日さきに同委員会のなした本件農地買収並びに売渡計画の承認は、取り消さないことを議決し、同年一〇月四日同委員会長(宮城県知事兼務)名義をもつて前記原町南農業委員会に、昭和二八年一月八日付被控訴人宮城県知事名義の書面をもつて控訴人伊達鞠子にそれぞれ右議決の趣旨を通知したことを認めることができる。のみならず、本件各畑につき、昭和二三年一二月二日付買収令書の交付をもつて買収処分がなされ、同年一〇月二日付各売渡通知書の交付をもつて売渡処分がなされたこと及びこれにもとづいて本件各畑につきそれぞれ所有権移転登記が経由されたことは、前認定のとおりであり、控訴人伊達貞宗が昭和二五年八月二二日本件各畑の買収代金として五、一八四円を受領したことは成立に争いのない乙第一九号証により明らかであつて、これにより本件農地買収並びに売渡処分に関する一切の手続が終了したものと認めるのを相当とする以上、前認定の如く、その後約一年五箇月をも経過して、仙台市原町南農業委員会が前記控訴人伊達鞠子代理人佐藤国雄の申請にもとづき本件農地買収並びに売渡処分の基礎となつた買収並びに売渡計画を取り消すが如きことは、前記自創法による法的秩序の客観的安定性を一挙にして覆えすこととなり、小作人の地位の安定をはかる同法の目的にそわないこととなることは明らかであつて、かかる事情のもとにおいては、右自創法上の法的秩序に優位せしめなければならない程度にさきの計画を取り消すべき公益上の必要があるものとはとうてい認めることができないから、被控訴人宮城県知事が右の取消に確認を与えなかつたのは、もとより当然の措置であつたといわなければならない。そして、被控訴人宮城県知事の確認を得ないでなされた前記農地買収並びに売渡計画の取消は無効と解するのを相当とするから、控訴人らの右主張は理由がない。

同(一)ないし(六)の主張につき、被控訴人宮城県知事は、控訴人らは、昭和三一年九月一〇日の原審準備手続期日において、本件行政処分の無効原因としては結論的には訴状記載の請求原因第三項の(4)の事由(前記(七)の事由)を主張するものであり、同項の(1)ないし(3)及び第四項はその理由として述べるものである旨陳述したのであるから、その後の口頭弁論においてこれらの事由を本件行政処分の無効原因として主張することは許されないと主張する。ところで、準備手続調書またはこれに代わるべき準備書面に記載されていない事項は、民事訴訟法第二五五条第一項但書、第三項に定められた場合を除くほか、口頭弁論において主張し得ないし、第一審においてなされた準備手続は、控訴審においてもその効力を有することはいうまでもない。本件記録によると、原審においては、本件につき、昭和三一年五月二一日、同年九月一〇日、同年一〇月一八日、同年一一月一五日(終結)に各準備手続がなされ、その結果が同年一二月二五日の口頭弁論において陳述されたこと、その後、昭和三二年一〇月三〇日、同年一二月一三日、昭和三三年一月二二日(終結)に再び各準備手続がなされ、その結果が同年三月一八日の口頭弁論において陳述されたこと、右昭和三一年九月一〇日の準備手続調書には、原告等(控訴人ら)代理人が「本件行政処分の無効は結論的には請求原因第三項の(4)を主張するものであり、同項(1)乃至(3)及第四項はその理由として述べるものである。と述べ」た旨記載されており、右請求原因第三項の(4)の主張とは、前記(七)の無効原因の主張をいうものであることが明らかであるが、前記昭和三一年一〇月一八日の準備手続調書には、「原告等(控訴人ら)代理人(鶴田)は、本日付準備書面の記載を陳述し、本件行政処分の無効原因は訴状記載の通りであると述べ」た旨記載されていて、訴状記載の無効原因とは、前記(七)の無効原因のほか、その請求原因第三項の(1)は前記(四)の、同項の(2)は前記(二)の、同項の(3)は前記(五)の無効原因の主張にそれぞれ該当し、その第四項は、被控訴人西胞右エ門、同佐藤三五郎は、自創法による本件農地売渡の相手方となり得る資格を有しないというのであつて、前記(三)の無効原因の主張と根拠法令を異にするが、同人らが本件農地売渡の相手方となり得る資格を有しないとの点において両者は一致するから、それらを別異の無効原因と解するのは相当でないものというべく、前記昭和三二年一二月一三日の準備手続調書には、原告(控訴人代理人)が、「昭和三二年一二月一三日付準備書面陳述(但し一項を除く)、(イ)右準備書面三項の一〇行目二月二二日とあるは二月二〇日の誤りにつき訂正する。(ロ)前同書面五項九行目買収売渡計画を樹立したとあるは、買収売渡計画を変更したと改める。又二〇行目樹立とあるは変更に訂正する。(ハ)前同書面五項六行目、が以下措置していないのであるまでを削除する。と述べた」と記載されていて、同準備書面記載の主張は、昭和三二年六月一八日の口頭弁論期日に陳述された控訴人ら提出の同日付準備書面の記載とともに、前記(一)の無効原因の主張を含むものと認めるのが相当である。そうすると、控訴人らの前記(一)ないし(五)の各無効原因の主張は、いずれも原審における準備手続調書に記載されている事項であり、前記(六)の無効原因については後に認定するとおりであるから、被控訴人宮城県知事の右主張は採用できない。

そこで、前記(一)の無効原因の主張について。

仙台市原町南農業委員会(当時農地委員会)は、昭和二三年一月二〇日本件農地買収並びに売渡計画を同時に樹立し、はじめその買収並びに売渡の時期をいずれも同年二月二日と定め、これが公告、縦覧に供した後、同年八月三一日宮城県農業委員会(当時農地委員会)の承認を求めたが、その承認が得られなかつたので、同年九月一六日頃右計画のうち買収並びに売渡の時期を同年一〇月二日と、さらに同年一一月二〇日頃右の買収の時期を同年一二月二日とそれぞれ変更し、売渡計画に対しては同年一〇月二日買収計画に対しては同年一二月二日にそれぞれ前記県農業委員会の承認を受けたことは、当事者間に争いがない。右によれば、本件買収並びに売渡計画に対する県農業委員会の承認は、買収並びに売渡の時期(買収並びに売渡処分の日と同じ)と同時になされていることが明らかであるから、何らの違法はないものというべきである。それ故控訴人らの主張は理由がない。

同(二)の主張について。

当裁判所は、原審とこの点に関する事実の確定及び法律判断を同じくするから、原判決理由中その記載を引用する。

同(三)の主張について。

本件農地売渡処分により、被控訴人西胞右エ門が所有権を取得した農地は前記五九番の一八畑一反六畝七歩及び同番の二〇畑一反四畝九歩合計三反一六歩であり、被控訴人佐藤三五郎が所有権を取得した農地は右五九番の一一畑一反三畝五歩及び同番の一三畑六畝五歩合計一反九畝一〇歩であることは、前認定のとおりであり、成立に争いのない乙第二〇号証に当審証人横田胞三郎の証言を総合すると、被控訴人西胞右エ門の右取得農地は、実地積も三反以上あり、同被控訴人は、同農地を四〇年前から引続いて小作していたものであることが認められ、当審証人佐藤栄三郎の証言に同証言によつてその成立を認め得る乙第二一号証の二を総合すると、被控訴人佐藤三五郎は、前記農地を四〇年前から引続いて小作していたこと及び本件買収並びに売渡当時右取得農地以外に畑一反五畝二一歩を小作していたことを認めることができるから、同被控訴人も、右の当時実地積合計三反以上を耕作していたことは明らかである。そして、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、右被控訴人両名を相手方としてなされた本件農地売渡処分にはなんらの違法はないから控訴人らの右主張は理由がない。

同(四)の主張について。

本件農地売渡処分がその買収処分より以前になされたことは、前認定のとおりである。しかし、右の如き買収処分を直ちに無効としなければならないものではない。けだし、旧自創法による農地の買収は、終局的には同農地の売渡を目的としてなされるものであつて、両手続は、相関連するものではあるが、もともと別個の手続なのであるから、農地買収並びに売渡計画は、同時にあるいは時を異にして樹立されても差し支えがなく、また、その後一方の手続が先行しあるいは双方が併行して進行中、一方についての異議、訴願の提起その他の事由の発生によつていずれかゞ先行するにいたることもあり得るのであつて、これとてももとより差し支えないものというべく、いかなる場合でも必ず買収処分が売渡処分の前になされなければならないものとすることは、自作農を急速かつ広汎に創設しようとする旧自創法の目的を阻害することとなるばかりでなく、その必要もないことであるからである。また、農地売渡処分が買収処分に先行してなされた場合においても、このことから直ちに右の売渡処分を絶対無効と解することを要するものではなく、かかる売渡処分も、民法第五六〇条以下にいうところの他人の権利の売買に類似する法律関係が生じ、その買収処分がなされたときに売渡の相手方に当該農地の所有権が移転することとなるものと解するのを相当とし、国とその売渡の相手方との間においては、第三者たる他人の権利を害しない限り、売渡処分のなされた時期以降買収処分がなされるにいたるまで当該農地の所有権が売渡の相手方にすでに移転していたと同様の取扱をなすべき趣旨において有効であると解すべきものである。本件においては、はじめ農地買収計画と売渡計画が同時に樹立され、買収並びに売渡の各時期も同一日と定められて、買収並びに売渡の手続が併行して進められたが、その後手続上の事由により売渡処分が買収処分に先行するにいたつたにすぎないものであることは、前認定のとおりであるから、これによつて控訴人らの権利を害する事態を招来する恐れはないものというべく、したがつて、この故をもつて本件農地売渡処分が当然無効であるとなすを得ないものと解するのを相当とする。よつて、控訴人らの右主張は理由がない。

同(五)の主張について。

被控訴人宮城県知事が昭和二三年八月五日付をもつて本件各農地を売渡保留地域に指定したことは、当事者間に争いがなく成立に争いのない甲第二〇号証によると、右の指定は、旧自創法施行規則第七条の二の三の規定によつてなされたものであることが明らかである。したがつて、右の指定が旧自創法第五条第四号の規定によるものであるとなす控訴人らの主張は理由がない。そして、右規則第七条の二の三の規定は、旧自創法第一六条第一項の委任の範囲を超えるものというべきであるから、無効であり、右の規則の規定にもとずいてなされた本件農地売渡保留処分もまた無効であると解するのを相当とする。仮りに、右がいずれも無効ではないとしても、前記規則の規定は、旧自創法第三条の規定により国が買収した農地について都市計画上の必要にもとづきその売渡を保留することができる旨を定めたものであつて、この売渡保留地域の指定処分は、すでに国の所有となつた買収済の農地について同法第一六条の規定による売渡処分前になされるべきものと解するのが相当である。本件においては、被控訴人宮城県知事の本件農地についての売渡保留地域指定処分が昭和二三年八月五日付をもつてなされたこと、これよりさき、仙台市原町南農業委員会は、同年一月二〇日本件農地買収並びに売渡計画を同時に樹立し、その買収並びに売渡の時期をいずれも同年二月二日と定め、これが公告、縦覧に供した後、同年八月三一日宮城県農業委員会の承認を求めたが、それが得られなかつたので、同年九月一六日頃右の買収並びに売渡の時期を同年一〇月二日と、同年一一月二〇日頃同買収の時期のみをさらに同年一二日二日とそれぞれ変更し、売渡計画に対しては同年一〇月二日、買収計画に対しては同年一二月二日にそれぞれ前記県農業委員会の承認を受け、右各承認の日にそれぞれ売渡並びに買収処分がなされたことは、前認定のとおりであるから、右の指定処分は、本件買収処分前したがつて国が本件農地についての所有権を取得する以前になされたものとして無効というべく、これが直ちに無効と解し得ないとしても、右の如く買収並びに売渡の時期を昭和二三年二月二日と定めた本件買収並びに売渡計画樹立後同買収並びに売渡の時期変更前の同年八月五日になされた右の売渡保留地域指定処分は、その後になされた前記買収並びに売渡時期の変更、買収並びに売渡計画の承認にもとづき右の昭和二三年八月五日以前には本件各農地につき買収処分をしなかつたことによつて、その効力を喪失したものと解すべきものである。また、仮りに、以上の如く解すべきものではないとしても、本件農地売渡処分は、被控訴人宮城県知事が右の指定を取り消したうえでこれをなしたものと認めるのが相当である。仮りにそうでないとしても、本件売渡保留地域指定処分も本件農地売渡処分もともに被控訴人宮城県知事がその権限にもとづいてなした処分であり、後者の処分をなすことによつて、これと抵触する前者は自ら取り消されたものと認めることも可能であつて、本件の場合これがため格別の不都合が生じた事情はこれをうかゞうことができないから、右被控訴人が売渡保留地域に指定した本件各農地についてそのまま売渡処分をなしたことに違法があるとしても、かかるかしは重大かつ明白でないものと考える。したがつて、本件売渡処分を当然無効とすることはできないものというべきである。

同(六)の主張について。

控訴人らは、当審において、原判決事実中には控訴人らが本件農地売渡の時期が昭和二三年一〇月二日に、同買収の時期が同年一二月二日にそれぞれ変更されたことについての公告、縦覧がなされたと陳述したように摘示されているが、控訴人らは、原審においてこのような陳述をしたことはないと主張するが、控訴人らは、原審における昭和三二年一二月一三日の準備手続期日において被控訴人宮城県知事主張の右事実を自白したことが明らかである。ところで、控訴人らは、当審において、右自白は真実に反し錯誤によるものであるからとてこれを取り消した。そして、当審証人柴森英行の証言によると、右の公告、縦覧のなかつたことを認めることができるから、控訴人らの前記自白は、真実に反し錯誤によるものと認めるのが相当であつて、これが取消は許されるべきものと考える。しかも、原審における昭和三二年六月一八日の口頭弁論において、控訴人らが右の公告、縦覧がなされなかつたことを(同日付準備書面にもとづき)主張していることは、同調書によつて明らかであり、これにつき原審において被控訴人らから異議等の申立がなされなかつたことは、記録に徴して明らかであるから、被控訴人らは、右自白の取消に同意したものと見られないものでもない。

そして、本件農地買収並びに売渡の時期は、当初いずれも昭和二三年二月二日と定められていたが、その後右売渡の時期が同年一〇月二日、買収の時期が同年一二月二日とそれぞれ変更されたこと、右の如く変更された買収並びに売渡の時期についての公告、縦覧がなされなかつたことは、前認定のとおりである。しかし、旧自創法第六条第五項、第一八条第四項の「公告」には、単に買収または売渡計画を定めた旨の記載があれば足りるのであつて、買収または売渡の時期等の記載がなければならないものではなく、買収または売渡計画樹立後においてその買収または売渡の時期のみが変更されても、これにより当該買収または売渡計画がその同一性を失うものではないのであるから、すでに公告済の買収または売渡計画において定められた買収または売渡の時期のみを変更するにあたり、変更された右各時期についての公告手続をとらなくても、特に関係人に対して不利益を与えるものではなく、また、右各条項が買収または売渡の時期を記載した書類を縦覧に供しなければならないとしたのは、買収または売渡に伴う権利関係の変動が買収または売渡計画中に掲げられた買収または売渡の時期を基準として惹起されるべきことを関係人に予告し、これにより関係人に不測の不利益を及ぼすことを防止し、買収または売渡に伴つて起る権利関係の変動が円滑に実現せられることを期するためであり、買収または売渡計画樹立後その買収または売渡の時期のみが変更されてもこれにより当該買収または売渡計画がその同一性を失うものではないことは、前記のとおりであるから、すでに公告、縦覧済の買収または売渡計画において定められた買収または売渡の時期のみを変更するに際し、変更された右各時期についての縦覧手続をとらなくても、これにより関係人に不測の不利益を及ぼすことがなく、権利関係の円滑なる変動を阻害する恐れのない限り、もとより差し支えのないものと解すべきものである。本件においては、昭和二三年一月二〇日、本件農地買収並びに売渡計画が同時に樹立され、はじめその買収並びに売渡の時期が同年二月二日と定められて、これが公告、縦覧の手続を経たが宮城県農業委員会の承認が得られなかつたため、右の如く買収並びに売渡の時期のみを変更したうえ、県農業委員会の承認を得たものであることは、前認定のとおりであつて、すでに変更前の買収並びに売渡計画については適法に公告手続がなされているのであるから、右の各計画中の買収並びに売渡の時期の変更について改めて公告をなす必要はなく、また、その縦覧手続についても、右の如く変更前の買収並びに売渡計画については適法に縦覧がなされた後、手続上の事由のためその買収並びに売渡の時期が当初に定められたそれよりも後に延期して変更されたのであるから、すでに被買収者、売渡の相手方となるべき者ら関係人は買収並びに売渡のなさるべきことを十分に予期しているところであつて、これにより右関係人らに不測の不利益を及ぼし、権利関係の円滑な変動の実現を阻害する恐れはないものというべく、したがつて、右の買収並びに売渡の時期の変更につき改めて公告、縦覧をなさなくても、そこになんらの違法はないものというべきである。仮りに、右の縦覧手続を欠いたことに違法があるとしても、変更前の買収並びに売渡計画については適法に縦覧がなされ、変更された買収並びに売渡の時期は当初のそれよりも後であつて、これにより関係人に不測の不利益を及ぼすことも、権利の円滑な変動を妨げる恐れもないことは、前記のとおりであり、前認定の右買収並びに売渡の時期を変更した日時に成立に争いのない乙第一三号証、原審証人佐藤国雄の証言に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人伊達貞宗は、本件買収並びに売渡計画樹立後、同買収計画に対して直ちに異議、ついで訴願の申立をなし、ために時日がせん延して、右の如く買収並びに売渡の時期が変更されるにいたつたことを認めることができるから、かかるかしは、買収並びに売渡の時期変更後の本件買収並びに売渡計画及びこれにもとづく本件買収並びに売渡処分を当然無効とならしめるほど重大かつ明白なものとなすことを得ないものと解するのが相当である。よつて、控訴人らの右主張は理由がない。

してみると、被控訴人宮城県知事のなした本件農地買収並びに売渡処分に右の如き無効事由があるとしてこれが無効の確認を求め、同売渡処分の無効なることを前提として被控訴人西胞右エ門、同佐藤三五郎に対し本件各農地についての所有権移転登記手続を求め、同被控訴人両名との間の使用貸借契約を解除したとして同人らに対し本件各農地の引渡を求める控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく理由がないから、いずれもこれを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎 畠沢喜一 桑原宗朝)

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